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【特集】説得から納得へ データが変える予算査定の現場~厚木市の「FinStat」に見る、現場発EBPMの挑戦~

 
神奈川県厚木市で進む「財政の見える化」プロジェクトは、現場職員の問題意識から始まり、今や組織的な挑戦へと発展している。
本プロジェクトは、総務省統計局「EBPMブートキャンプ」の一環として実施され、大学教員や民間コンサルタントの伴走支援を受けながら、統計データと財務データを統合するダッシュボード「FinStat(フィンスタット)」の内製構築と、予算編成業務への実装に挑んだ取り組みである。
(聞き手:財ラボ代表理事・定野司)
 
【話し手】 ※全員厚木市職員。敬称略
▼ FinStat発案者 こども育成課副主幹兼係長(元財政課) | 中林正隆(なかばやし・まさたか)
▼予算編成業務の現場での活用 財政課主事 | 菅原大輔(すがわら・だいすけ)
▼データ活用・FinStatの開発 道路総務課主任 | 泉翔太(いずみ・しょうた) 住宅課主事 | 山崎竜司(やまざき・りゅうじ)
 
上段:中林さん(左)、定野(右)
下段:泉さん(左)、菅原さん(中央)、山崎さん(右)
上段:中林さん(左)、定野(右) 下段:泉さん(左)、菅原さん(中央)、山崎さん(右)
 
目次
 

データで「議論の土台」をつくる


 
 
定野 まず、FinStatが誕生した原点を聞かせてください。
中林 予算査定の前段階の準備に、あまりにも時間がかかっているという現状があり、資料を集めて、数字を確認して、それだけでかなりのエネルギーを使ってしまう。本来やるべき議論にたどり着く前に疲れ果ててしまう感覚がありました。
定野 確かに、自治体の現場ではよく聞く課題ですね。
中林 だからこそ、「データを見ながらその場で議論できる状態」を作れないかと考えたのが出発点でした。
定野 なるほど。具体的に、どのようなことが見えるようになりましたか。
中林 予算分配の全体像を把握したり、時系列での変化を捉えたり、さらにさまざまな切り口で動的に即時集計ができるようになりました。
 さらに特徴的なのは、統計データと財務データを行き来できる点です。マクロで課題を見つけ、ミクロで原因を特定するという使い方が可能です。
菅原 実務的には、その場で必要なデータを確認できるようになったことが大きいです。議論の途中で論点が変わっても、すぐに対応できます。
 
FinStatとは Finance(財務)×Statistics(統計)から命名。 e-Stat等の統計データと財務会計システムのデータを統合し、マクロとミクロを往復できる分析基盤として設計。Microsoft社のPower BI及びPower Queryベースのダッシュボードとして内製構築した。 ≪実装した主な機能≫ ・予算・決算構成の可視化(部門別・時系列) ・他自治体比較(人口等単位項目当たり指標) ・多次元相関探索(軸項目分母分子自由選択組合せ型自治体水準比較散布図) ・ドリルダウン分析(事業・伝票レベル)
 

分析の実際


定野 分析はどのように進めますか。
中林 例えば、道路橋りょう費について分析をしようとした場合、まず他団体との比較(総量や単位量当たり指標等)で本市の水準を確認します。その上で、補助事業と単独事業に分解し、さらに事業単位、伝票単位まで掘り下げていきます。
定野 かなり深く分析できますね。
 はい。「高い」という事実だけで終わらせず、その理由までたどり着けるようになっています。
 
 
 
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「説得」から「納得」へ


定野 実際の業務にはどのような変化がありましたか。
菅原 予算査定の場で「後で確認します」と持ち帰ることを減らすことができました。その場で必要となるデータを確認しながら議論ができるので、やり取りがスムーズになりました。
中林 議論の質も変わったと思います。感覚だけでなく、データを前提に話ができるようになりました。
定野 事業課の立場からはどのように見ていますか。
山崎 事業課での活用は検討中ですが、データを根拠に議論するという考え方が共有されれば、今後の活用につながる手応えを感じています。
 

総務省事業としての採択と取り組みの組織化


定野 今回の取り組みは、外部支援も受けながら進められたと伺っています。
中林 はい。元々は個人的な取り組みとして進めていましたが、EBPMブートキャンプに採択されたことが大きな転機となりました。ちょうどそのタイミングで私は財政課から異動となったのですが、国採択事業であるという後ろ盾があったことで、取り組みを継続し、応援職員として参画することができました。
定野 外部の枠組みが、組織内での位置付けにも影響したわけですね。
中林 はい。元大阪市財政課職員という経歴をお持ちの大手前大学・坂元准教授や、株式会社日本総合研究所、総務省統計局統計データ利活用センターの支援を受けながら進める形になり、個人の取り組みから組織のプロジェクトへと位置付けが変わりました。
 解決すべき課題の整理、データ構造の標準化、分析の視点など、専門的な助言をいただけたことも大きかったです。
 

違和感をどう共有したか


定野 最初の問題意識を組織に共有していくのは簡単ではなかったのではないでしょうか。
中林 そうですね。「通常業務が忙しい中、なぜそこに注力する必要があるのか。」という反応はありました。
定野 現場としては自然な反応ですね。
中林 ただ、自分の中では「現在の手法が本当に最適なのか」という違和感がありました。それをどう言葉にして伝えるかは難しかったです。最終的には、実際に動くプロトタイプを見てもらうことが一番の説得力になりました。
 
 

内製という選択


定野 今回、内製で進めた理由はどこにあったのでしょうか。
中林 現場の課題は現場が一番よく知っているので、自分たちで作る必要があると考えました。外から与えられたものだと、どうしても実務とのズレが出てしまうと思ったのです。
 実際に使いながら改善していけるのも内製の強みです。分析の視点も含めて、徐々に精度を高めていくことができました。
菅原 現場としても、「自分たちの業務の中で使える」と確認しながら進められた点が良かったと思います。

データを共通言語に


定野 今回の取り組みを通じて、どのような手応えを感じていますか。
中林個人的な問題意識から始まった取り組みが、国事業の採択という形で外部の力を借りることで、組織的なプロジェクトとなり、知見集約の範囲が広がったことに大きな意味を感じました。
 データを「見る」だけでなく、「使う」段階に近づいてきたと感じています。分析のための分析ではなく、意思決定につながる形で使われていくことが重要だと思っています。
菅原 現場としては、やはり議論の質が変わったことが大きいです。データをもとに話ができることで、納得感のあるやり取りが増えてきました。
山崎 事業課としては、これからの部分も大きいですが、データをもとに説明するという考え方は共有されるのではと感じています。現場でどう活用していくかを考えていきたいです。
定野 まさに、これから広がっていく段階ですね。
中林 はい。データを共通言語にして、議論を「説得」から「納得」に変えていく。その土台をしっかり作っていきたいと考えています。
定野 第一歩は、もう始まっているんですね。大事なのは、ここで終わらせずに育てていくことだと思います。データを共通言語にして、議論の土台を変えていく。この挑戦が厚木市の中でどう根付いていくのか、これからが本当に楽しみです。
本取り組みについては「DataStaRt(総務省統計局統計データ利活用センター・地方公共団体のためのデータ利活用支援サイト)」に掲載されています。
https://www.stat.go.jp/dstart/research/ ▶掲載ページ:DataStaRtトップページ>研究事例
 

【編集後記】

本稿でとりわけ重要だと感じたのは、個人の問題意識から始まった「財政の見える化」が部署を超えたチームに引き継がれる形に育ちつつある点です。
発案者の異動後も途切れることなく、国の採択を足がかりに仲間が集まり、更新できる仕組みが整えられていきました。
取り組みを育てるのはツールだけではなく、それを理解する上司と受け止める組織の土壌です。
厚木市の実践は、そのことを示しています。