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特集 “受益者負担”を考える

 

はじめに

 「受益者負担の原則」という言葉は、自治体職員であれば一度は耳にしたことがある言葉ではないでしょうか?受益者負担と聞いて、まず思い浮かぶのは「使用料・手数料の見直し」かもしれません。  「使用料・手数料」は、自治体の財政を支える重要な歳入のひとつですが、見直しや特に値上げの難しさは、経験した人ならばよくご存じのはずです。  しかし、実際にこの業務を担当したり、金額の根拠となる数字を集めて試算したりした経験がある方はそれほど多くないかもしれません。むしろ「自分が担当のときは見直しを避けたい」と思う方もいるかもしれません。  今回は「受益者負担」の視点から、その裏側に迫り、自治体職員が直面する悩みや苦労について考えてみます。

受益者負担とは?

 ありがたいことに、一社創立2年目を迎えた当研究会の会員数は500を超え、本誌の読者には財政課職員だけでなく、他部署に所属する方や新しく採用された方も多くいらっしゃいます。そこで、まずは「使用料・手数料」と「受益者負担」について簡単に説明します。
 使用料・手数料とは、自治体が所有する学習施設や運動施設を利用する際の利用料金、住民票の写しや戸籍謄本などの証明書発行時に支払う料金などを指します。基本的に公共サービスは税金で賄われますが、特定の人が利益を受けるサービスについては、全額を税金で負担すると不公平が生じます。そこで、利益を受ける方(受益者)に、その受けたサービスに対して負担をしてもらう、というのが「受益者負担の原則」です。

むずかしいバランス感覚

 料金設定の際は、まず「受益者には一定の負担をお願いするべき」という受益者負担の原則に基づいて検討を始めますが、実際には「なんでこんなに高いの?」とか「隣の町は○○円なのに」といった住民の声を想像することになるでしょう。
 住民の立場からすれば、できるだけ安くサービスを利用したいと考えるのは当然ですが、自治体にとっては、掛かったコストに対して利用者からの直接の収入が減れば、その分だけ税金などの一般財源で補うことになります。サービスの利用者の負担と、利用しない住民が支払う税金からの負担のバランスを取るのは、非常に難しい問題です。
 さらに、多くの自治体では使用料・手数料に減免制度を設けていますが、その適用基準は必ずしも統一されていません。基準自体が曖昧であったり、類似する施設でも減免対象が異なったりするなど、さまざまな課題が指摘されています。
 例えば、文化施設やスポーツ施設の利用では、減免対象が部活動や特定の団体に所属していることを条件に減免が適用されるケースがあります。このような場合では、利用者間の公平性が保たれているか疑問視されることもあります。

独自のルールと複雑な仕組み

 また、多くの自治体では使用料・手数料の見直しに際して、見直し方針や見直しサイクルを決めています。見直し方針については、原価(人件費や光熱水費、減価償却費等)を算出し、そのサービスの性質に応じた受益者負担割合を掛けて料金を決定するのが一般的です。見直しサイクルについても、4年や5年といった定期的に見直す方針を掲げている自治体がほとんどです。  しかし、原価の計算方法や受益者負担割合、激変緩和措置など、自治体独自の考え方が反映され、料金区分も複雑に設定されている場合があります。
 例えば、ある自治体では、文化会館の使用料が時間帯や利用目的、イベントの場合は、入場料が有料か無料かで異なる料金区分が設定されています。これを分かりやすく料金表にしていても、利用者がその区分や料金設定の根拠を理解することは困難です。
 このような状況に対し、住民から「どうやってこの料金を決めているのか?」「江戸時代からのしきたりでもあるのか?」といった皮肉が聞こえてくるかもしれません。実際には、江戸時代までさかのぼることはないものの、施設開設や制度開始当時に定めた料金をそのまま使っている場合も少なくないのではないでしょうか。
 ある自治体では、幼児用の市民プールを開設した当時、1回当たり10円という料金設定をしたまま、最近まで見直しをせずにいましたが、いよいよ住民から「安すぎるのではないか?」「10円取るぐらいなら無料にしてはどうか?」といった声があがり、見直しに着手したという話もあるぐらいです。

隣の芝生は青い?

 この他にも「隣町では無料なのに、どうしてうちでは有料なの?」という住民の声に悩まされることもよくあることではないでしょうか。他の自治体と比較して、自分たちのまちの料金が高いと感じると住民はどうしても不満を抱きがちです。これがいわゆる「隣の芝生は青い」現象です。  ある自治体では、有料の指定ごみ袋を販売し、その一部をごみ処理手数料としてごみの収集をしています。隣接する自治体ではより安価で指定ごみ袋を販売していたため、自分たちのまちも指定ごみ袋の料金を下げるべきだという議論が巻き起こりました。職員たちは他自治体の料金を調査し、最適な料金を模索しましたが、最終的には「今より安価にすると財政が厳しくなる」という結論に至りました。結果、指定ごみ袋料金はそのまま据え置かれましたが、住民からは「なんで隣町ができることが、うちではできないのか?」との声が相次いだそうです。

公正性と透明性

 使用料・手数料の見直しでは、公正性と透明性が重要です。住民にとって、料金がどのように設定されたかが不明だと不信感が募ります。現在の料金が、近隣自治体の料金体系を参考にして設定されていた場合、その料金は近隣自治体と均衡は図られてはいますが、受益者負担という意味では、コストの根拠が無いものに対して受益者に負担をお願いしていることになります。もしかすると、もらいすぎている可能性も否定できません(きっとそんなことはないと思いますが…)。
 多くの自治体では、見直し方針についてパブリックコメントを募集するなどして、公正性と透明性を確保する努力をしています。とはいえ、どれだけ丁寧に説明しても、すべての住民を納得させるのは難しいのが現実です。特に、料金の引き上げに対しては、いくら根拠を示しても反発があるのは避けられないでしょう。

デジタル化による新たな課題

 近年、自治体の業務はデジタル化が進み、使用料や手数料の徴収もその例外ではありません。オンラインでの手続きが増え、クレジットカードや電子マネーでの支払いが可能になったことで、市民にとっては便利になりましたが、デジタル化が進む一方で、新たな問題も浮上しています。  例えば、オンラインシステムの導入により、手数料の支払いが簡単になった反面、システムの運用コストやセキュリティ対策費用が増加し、原価による料金設定をしている場合、それが最終的に料金の引き上げにつながるケースもあります。自治体は、こうした変化に柔軟に対応しながらも、他のコストを削減するなどしてすぐに住民に対して負担を強いることがないよう努力することが求められます。

受益者負担のジレンマ

 日本の多くの自治体では少子高齢化や人口減少が進み、歳入が減少する一方で、社会保障費やインフラ維持にかかる費用がますます増加していくことが見込まれています。こうした状況では、財源確保の手段のひとつとして、使用料や手数料の見直しは避けることができません。  例えば、ある過疎地域の自治体では人口減少に伴い運動施設の利用者が激減し、その維持管理費が重くのしかかってきました。このため、使用料を引き上げざるを得なくなったのですが、その結果、住民の利用がさらに減少するという負のスパイラルに陥ってしまいました。このようなケースでは、住民の意見を聞きながら、施設の統廃合を含めて、財政状況に応じた苦渋の決断を迫られることになります。
 受益者負担の原則を厳格に適用しすぎると、サービスの利用が低下し、逆に市民の利便性が損なわれるリスクもあります。一方で、税金で全額を負担し続けることも、長期的な財政の持続可能性を考えると困難です。このようなジレンマの中で、いかにして受益者負担の最適なバランスを見つけるか、自治体には求められることになります。

受益者負担の未来

 人口減少や物価高騰が進む中で、自治体運営における受益者負担のあり方はますます重要なテーマとなっていくでしょう。特に、物価高騰局面においては、サービス提供にかかるコストが増加し、それに伴って受益者負担割合も短期間で崩れる可能性があります。また、テクノロジーの進化により、コスト構成がこれまでにないスピードで変化し、それに応じた見直しの必要性が高まることも予想されます。
 さらに、これまでのように職員採用が計画どおりできなくなり、職員数の減少が見込まれる自治体においては、より効率的な見直しの仕組みを導入することも検討していかなければなりません。見直しに必要な原価データを一元管理し、自動集計を行うシステムの導入や、AIを活用して料金の見直しシミュレーションを行うなど、これまで以上にデジタル技術を活用した新しい仕組みの導入を検討することになるでしょう。

おわりに

 今回は受益者負担の視点から、使用料・手数料の見直しについて見てきましたが、これはただの財源確保のための取り組みではなく、地域社会の未来を見据えた、住民との対話のプロセスです。
 また、受益者負担の原則に基づいて適正な負担を求めることは、自治体の持続可能な財政運営を実現するための重要なステップです。見直しの過程では、住民のニーズや意見を反映させ、最終的に受益者負担の対象となるコストを明確にすることで、どれだけを受益者が負担し、どれだけを税金で賄うのか、その根拠を示して住民に理解してもらうことが何よりも大切です。
 VUCA時代(先行きが不透明で将来の予測が困難な状態)の激しい変化に直面する中、財政を健全に保ちながらも、地域に寄り添い、住民とともに新たな時代に対応するためには、自治体も柔軟でなければなりません。地域のために必要な財源を確保し、それらを適切に活用していくため、次の世代に向けた新しい自治体財政を共に考えていきましょう。(了)(財ラボ編集部)