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特集 「資産」を見つける発想
次年度予算編成に向けて具体的な数字に向き合う季節となった。歳入増の手段として今あるものを「資産」として認識できるかどうか、が重要となる。「財源を用意するのは財政課の仕事」というイメージがあるが、資産に最も近いのは事業課である。
今回は、全国で初めてマンホールの蓋での広告事業に取り組んだ所沢市上下水道局経営課主事の久保未来音(くぼ・みくと)さんから事業を開始したきっかけや実現までの道のりを伺った。
所沢市
上下水道局経営課主事
久保 未来音さん
制限のなかでの収益向上
所沢市では、平成30年度より下水道事業での自主財源の確保を目的に、既存の下水道マンホール蓋を活用したマンホール蓋広告事業(以下、本事業とする)を展開しています。
本事業は、耐用年数を経過して、老朽化しているマンホール蓋を、企業等の広告を印刷できるデザインプレート型のマンホール蓋に交換し広告収入を得るというものです。
広告用のマンホール蓋は市道かつ歩道に設置され、当局が維持管理を行うもので、人通りが多く、目につくような駅前ロータリーを中心に設置しています。
広告収益で下水道事業の経費を少しでも補い、下水道事業の経営基盤の強化に繋げています。
本事業開始前の当市の下水道事業は使用料収入の伸び悩みに加え、施設・設備の老朽化に伴う更新費用の増大、震災に強い重要なインフラ設備としての耐震化への費用など、収入減・支出増が見込まれ、経営環境がますます厳しくなることが予想されていました。
平成28年度決算時点で経費回収率は81・8%であり、このままでは経営が立ち行かなくなることから、平成30年度に下水道使用料を改定しました。
この際、利用者に100%の負担をお願いするのではなく、激変緩和として経費回収率を95%に設定しました。これについて所沢市上下水道事業運営審議会では「一般会計から赤字補填を受けるのではなく利用者に負担をお願いする以上、市として支出を抑えることはもちろん、内部努力による収益向上に取り組み、更なる経営改善が必要である」との意見がありました。
この意見を踏まえ、収益向上への取り組みについて内部で検討を重ねました。
当然、支出を抑えるのであれば、新規で何かを作ったり、多額の費用をかけたりすることはできないという制限があるため、既存の資産に着目しました。
その中で、職員の発想から生まれた提案が、市内に約4万5千基設置されているマンホール蓋を「広告に活用すること」でした。
当時、マンホールカードが人気を博し各地域独特のマンホール蓋が多くのメディアに注目され、マンホールブームが到来している風潮をビジネスチャンスと捉えました。
元々、当市を本拠地とする埼玉西武ライオンズとコラボレーションしたデザインプレートを取り付けたマンホール蓋を設置していた経緯もあり、老朽化したマンホールを改修する際に、デザインプレート型のマンホール蓋に替えて広告を取り付けることはできないか?と考えたのが、日本初の取り組みとなる本事業の始まりです。
当市では、前例にとらわれず職員が創意工夫を行い、前向きに事務改善に取り組むことを重要視しており、担当者のチャレンジ精神を認める職場風土であったため、事業を積極的に進めることができました。
「前例」が無いところから
当時、マンホール蓋を有料広告媒体として扱う自治体は無く、全てゼロからのスタートであったため、事業実施に向け研究・検討が必要でした。特に課題となったのは次の4点です。
①マンホール蓋広告の安全性
特定のエリアに多数のデザインプレートを取り付けたマンホール蓋が設置されることで問題等がないか検証するため、平成29年11月から平成30年3月までの間「所沢市民文化センターMUSE(以下MUSE(ミューズ))」を運営している(公財)所沢市文化振興事業団と協定を交わし、実証実験を行いました。
実験ではMUSEをデザインしたマンホール蓋を最寄駅からMUSEまでの道のりに10基設置し、雨などで滑らないか、蓋が動かないか、センターへの来場客の目を引くかなど、様々な角度から検討しました。特にトラブルは無く、歩道上での汚れや目につきやすさなどを確認し、事業実施に問題はないと判断しました。
②関係部局との調整
マンホール蓋広告は、屋外に掲出される広告媒体であることから「埼玉県屋外広告物条例」を所管する埼玉県都市整備部田園都市づくり課(現・都市計画課)と「所沢市ひと・まち・みどりの景観条例」を所管する所沢市街づくり計画部都市計画課とそれぞれ協議を行い、条例上、問題がないことを確認しました。
また(公社)日本下水道協会が実施する「顧問弁護士相談会」に出席し、本事業の実施について附帯事業の取り扱いとするのか、法令的・経理的に支障がないかを確認しました。その結果、本事業は行政財産の有効的利用という趣旨から目的外の扱いとすることが適当であると判断されました。
③広告料の設定
まず広告代理店に相談しましたが、マンホール蓋での広告は従前の基準に当てはまらず、明確な回答を得ることができませんでした。
そこで、老朽化したマンホール蓋1枚を交換する際の工事費や蓋本体の費用等を3年間で回収できる価格とすることとし、1基当たり月額7500円(消費税別)としました。
④規定の整備
新規事業のため各種規定の整備も必要で「所沢市上下水道局有料広告の掲載に関するガイドライン」「所沢市上下水道局マンホール蓋広告の掲載に関する要綱」「所沢市上下水道局有料広告審査会設置要綱」を制定しました。
その後、平成30年5月に広告募集を開始し、平成30年10月より8社10基のマンホール蓋広告を設置しました。
収益向上だけでない成果
広告用のマンホール蓋は、老朽化した元々交換が必要であったものなので、設置工事の費用は広告の有無に係わらず必要経費として考えています。
このため、広告料収入全額が当市の利益につながります。
さらに、収益向上だけでない事業の効果・成果もありました。
①設置数・収入額
事業開始当初の平成30年10月は8社10基からのスタートでしたが、令和3年度では21社31基まで増加し、令和4年度末までに延べ24社36基のマンホール蓋広告を設置し、これまでに約932万円(消費税別)の広告収入を得ています。
広告主は市内のみならず、市外の事業者の出稿実績もあります。
②地域経済への貢献
本事業は、賑わいの創出・地域経済の活性化にも寄与しています。
本事業を開始した当初、韓流スターを掲載したデザインのマンホール蓋と自身の足元を一緒に撮影し、広告主のTwitterに投稿することでプレゼントが当たるといった企画を実施したところ、北海道や近畿地方など、遠方からも多くのファンが駆け付け、マンホール蓋と写真を撮る姿が多く見られました。
延べ700名ほどのファンが写真撮影に訪れ、設置場所近くの商業施設にも立ち寄って、食事や買い物をされました。
事業開始当初は、全国初の取り組みだったこともあり、下水道事業のメディアのみならず、多くの一般メディアでも掲載いただき、二次宣伝効果もあったと思います。
普段は何気ない存在のマンホール蓋が新たな観光名所となり、地域経済の活性化にも寄与する可能性を発見することができました。
③下水道のイメージアップ
これまでも、当市のイメージマスコットを描いたマンホール蓋などのデザインマンホールの設置を進めてきましたが、本事業により、色鮮やかなデザインが施された広告や著名人が用いられたデザインが増えて、普段意識する機会の少ない下水道を多くの方に身近に感じてもらう契機となりました。
また、下水道はいわゆる3K(暗い・汚い・臭い)の悪いイメージでしたが、彩り豊かなマンホール蓋広告を設置したことで、通行人からは「まちが明るくなった」など、ポジティブな意見をいただき、下水道のイメージアップにも貢献できることが分かりました。
④雇用の創出
マンホール蓋広告は歩行者に踏まれ汚れるため、月に1度、状態の確認を含めた清掃を実施しています。
清掃業務は障がい者雇用を推進する特例子会社に委託し、新たな雇用創出も行いました。
今後の課題と対策
下水道事業全体のイメージアップに繋げることを目的として開催した「第10回マンホールサミットin所沢」や「下水道展‘22東京」などのイベントによって本事業の知名度が上がった影響もあり、自主財源確保を検討している自治体からの問い合わせや視察が増加しています。
徐々に輪が広がり始め、同様の取り組みをする自治体が増えてきたと感じますが、広告媒体としての世間的な認知度が高いとは言えないと思いますので、引き続き広報や営業活動に注力していくことが必要です。
本事業が今まで以上に周知され全国に普及すれば、広告の価値や需要が高まり、広告料の上昇も期待できます。
そして、世界に誇れる日本の文化物である、色鮮やかなマンホール蓋が街中に溢れることで、下水道を気に留めていなかった方が関心を持つきっかけにもつながります。
一方で、事業開始から今年度で5年を経過しますが、コロナ禍の影響により、残念ながら広告の出稿を取りやめる事業者等もあり、令和2年度をピークに出稿数は伸び悩んでいます。
広告主の意見や他の類似広告媒体も参考にしながら、より良い広告事業にするため、料金体系の見直しを含め制度を変えていく必要があると考えています。
また、メディアでの露出のピークは過ぎ、二次宣伝効果も弱まることが推測されます。
さらに、広告効果が大きい駅前等の歩道上のマンホールについては数に限りがあることから、これからは、右肩上がりに広告出稿数が増え続けることは難しいと考えています。
そのため、新規顧客を獲得する努力を続けながら、既存顧客の契約の延長を取り付けることを直近の課題と捉えています。
読者の皆さんへメッセージ
普段、何気なく通り過ぎてしまうマンホール蓋に広告を設置して収益を得るという資産活用の発想は、職員が常に市民の動線を考え、広告効果を見極めることができたから生み出せました。
本事業の実施に向けて調査した様々な先行事例の中には、浄水場の壁面等を利用した広告事業の事例もありました。
日頃から何気なく目にしているものや事柄も、発想を転換すると貴重な「資産」になり得るのです。
本事業はマンホール蓋のある全ての自治体で実践できる取り組みではあるものの、地域に見合った広告料金の設定や屋外広告物関連等の実施に向けた法的な問題など、多くの課題があることも事実です。
この点も踏まえつつ、お問い合わせをいただいた自治体には事業導入に至るまでのノウハウをご紹介させていただいておりますので、お気軽にお問い合わせください。
【所沢市上下水道局経営課】
TEL 04‐2921‐1087
FAX 04‐2921‐1094
MAIL b9211087@city.tokorozawa.lg.jp