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特集 財政推計の実際と課題

 
統一地方選挙が終わり、新たな政策にむかって走り始めた自治体も多いのではないだろうか。 自治体財政は数年の政策だけでなく10年20年と長期の視点が欠かせない。 ときの首長、議会の要望をくみ取りながら、行政を持続可能なかたちで機能させるために、自治体財政の現在地と行く末を知っておく必要がある。
そこで今回は、令和2年に40年という長期スパンの推計を公表した横浜市の取組を財政局財政部財政課の大濱隼(おおはま・じゅん)さんに取材した。                              【聞き手  主席研究員・徳原】
 
 
 
 
 
 
 
横浜市財政局財政部財政課 大濱隼さん
 
 

長期的な目線は事業課にも必要

徳原 まずはご経歴を伺いたいです。
大濱 平成19年に横浜市役所に入庁し、市民局地域施設課にて区役所の建替えなどのハード系事業に4年間携わりました。その際、市・区役所駐車場の有料化など歳入確保に向けた取り組みも経験し、財政課との調整・やりとりがありました。その後3年間、財政課予算係にて査定業務を経験した後、鶴見区地域振興課や教育委員会事務局教育政策推進課などに従事しました。教育委員会事務局でも教育センターという建物を整備していくハード系事業を担当していました。そして令和3年から再び財政課で査定を担当し、今年度から財政調査係に配属となり財政推計の担当となりました。
徳原 事業費が大きいハード系事業を多く経験されていますが、歳入増や歳出抑制はどのように意識しましたか?
大濱 市民局地域施設課の頃は資産の有効活用や受益者負担の観点から、利用されていない時間帯の市・区役所の駐車場を有効活用できないか、市長の方針もあり、課としても課題認識を持ちながら検討を進めていました。駐車場は年間の維持管理費が2億円程度だったので、指定管理者制とすることで歳入を指定管理者の収入とし、駐車場使用料収益を維持管理費にあてて、財政負担をゼロとするスキームを構築しました。一方で、教育委員会事務局にいた時のハード事業はいかに財政負担を抑えるかが重要でした。そのため計画当初から財政課との協議を密に行い、後年度負担はどうなるか、本当に整備する必要があるのか、スペックを落とせないのか、財政負担の平準化などを局内でもプロジェクトを組んで、よく議論していました。スキームの組み方や長期的な財政負担への向き合い方は財政課との協議で生まれたと思うので、これが無ければ事業を進めることはできなかったと思います。今思い返せば、財政課での経験から財政状況の厳しさを知っていたので、少し財政課に寄り過ぎていたかな、とも思いますが。予算を組む時だけでなく、事業を持続可能なものにしていくためにも、事業課にも長期的目線は必要です。特にハード系事業については、着工してから止めることは困難なので、長期的な財政目線が必要となると感じます。指定管理などについて
は、特定の年数ごとに第三者評価などの効果検証がありますが、施設整備後の稼働やその効果を検証し、見直しができる仕組みが必要だと思います。
徳原 「見直し」という点で、事業課配属時にスクラップをしたことはありますか?
大濱 区役所配属時、担当していた防犯対策事業で、啓発チラシの配布など細々とした事業をいくつか廃止し、代わりに民間警備会社に犯罪多発区域の見回りを委託しました。達成すべき目標のためには、効果の薄い事業を多く実施するよりも効果があるものに予算を集中させる。漫然と事業を継続しない、というのは事業費が少額であっても必要です。また、教育委員会事務局の頃は、新たな施設のホール機能の定員を当初構想から削りました。ちょうどコロナ真っ只中で、現場は「コロナ後に集会は再開する」と考えていたのに対し、「集まらなくても出来ている」という指摘がありました。校長などからは集まれる場所が欲しいと要望がありましたが、協議の末「民間のホールでよいのではないか」ということになり、最終的には削ることになりました。結果としては、集会は増えてきています。コスト感や事業スキーム検討の視点は重要ですが、いつでも財政担当からの一方通行ではなく、現場の肌感も大事にしたいと思っています。
 

現場を知っている事業課に全てを任せるべきか

徳原 やはり、現場のことは現場が一番知っているものですか?
大濱 もちろん、そうです。ただし、いろいろな利害関係者と直面していますから10年、20年先まで事業を見通す視点を持つことは難しいと感じます。財政課から課題感を伝えると理解はしてもらえますが行動変容はなかなか起きません。一度の説明だけでなく、コミュニケーションを重ねる中で、徐々に長期視点の必要性が浸透されるように感じます。子育て施策など市として推進する施策をもっている局は、なかなか歯止めが効かない実情はあると思います。
徳原 局による要求態度の違いは何に起因するのでしょうか。
大濱 市の推進したい施策方針やマネジメント層の要求方針など、さまざまな要因があると思います。とはいえ、全体的に事業課は「要求を出せるだけ出して予算がつけばラッキー」「財源などの調整は財政が行うこと」という認識がかなり根深いのが実情。事業課は現場を抱えているため、先の見通しよりも単年度予算をつけて乗り切ることに懸命で、要求を上げざるを得ない。ですから、事業課からの要求を取りまとめる各局経理の力がポイントとなります。査定をしていると、各局経理で事業課要望と財政課要望のすり合わせをする調整力が重要だと感じます。そういう意味では職員配置は大事だと思います。財政課にいると財政の厳しさを感じ、先を見通す思考、コスト感覚などが身に付きます。その感覚を持った職員が現場に多く散らばっていくことは庁内全体でメリットがあると思います。
 

横浜市における長期財政推計

徳原 横浜市は令和2年に長期財政推計
を公表していますが、このきっかけは?
大濱 横浜市ではこれまでも、長期的な財政トレンドを捉え、持続可能な財政運営を進めるため、4年単位、10年単位での「財政見直し」を作成・公表してきましたが、平成29年10月から、総務省の自治体戦略2040構想研究会で検討がはじまり、平成30年夏に「人口減少下において満足度の高い人生と人間を尊重する
社会をどう構築するか」という第二次報告が公表されました。ちょうど同じ頃、
横浜市でも令和元年をピークに人口減少に転じるという推計が出ており、これは市政転換が必要であるということで、その準備として、生産年齢人口の減少や社会保障経費の増加といった動きが、本市財政にどう影響していくかを明らかにし、市民の皆様とも共有していこうと、長期財政推計に取り組みました。
徳原 地方公共団体金融機構の地方財政に関する調査研究会によると、財政推計の算出と公表の目的は3つに分けられるようですが(図1) 、横浜市の目的はどれですか?
大濱 どの目的もあてはまりますね。最初の長期財政推計を令和2年9月に公表して以来、令和3年1月、令和4年1月と予算案の発表時期に合わせて公表してきました。令和4年度は本市の今後の人口見通し推計が5月に発表されたことを受け、8月に公表しています。40年という比較的長い推計期間ですが、社会情勢が目まぐるしく変わっていくなかで、推計の数字が古いと参考にしてもらえないので、更新は頻繁に行っています。
ただ、推計の公表だけでは「財源が足りないのはわかった。で、どうするの?」というのが現場の本音。このため、横浜市では収支不足への処方箋が求められ、令和4年6月に公表した「横浜市の持続可能な発展に向けた財政ビジョン」の策定と公表に至りました。財政ビジョンは来たる収支不足にむけて具体的なアクションを記載しています。4年間の基本計画期間ごとにアクションの成果の検証と必要な改善を行うとともに2030年頃を目途に、財政の持続性の状況・推移とアクションの成果を総括し新たなアクションを設定していく予定です。
徳原 前述の研究によると、財政推計の算出と公表の課題もあるようです(図2 )。
他計画との整合性という点において、横浜市の直近の財政推計見直しは、まさに直近の中期計画2022‐2025で想定される事業費を反映していますが、このきっかけは何ですか?
大濱 そもそも40年という長期推計で、現時点で得られるデータをもとに、機械的な推計でトレンドを見ているものなので精緻とは言えません。それが短期の計画との整合性を難しくしていると思うので課題感はあります。今の長期推計も、中期計画の計画期間における政策的経費の影響をどう見込むか、悩ましいところでした。中期計画を策定するタイミングで注目度も高く、推計の精度を少しでも上げるために、小児医療費助成の拡充など市として推し進める事業の影響を見込んだところです。

 

推計公表の効果と今後の課題

徳原 目的だった事業課への周知と財
政視点育成について効果はありましたか?
大濱 実は、私も自分が事業課だった時は財政推計は認識していませんでした。「財政課がどうにかしてよ」「厳しいからなんなの?」「どうすればいいの?」という印象で意識しておらず、多くの事業課職員がこのような状況だと思っています。ただ、事業を進める際、財政推計の数字を持っている財政課と協議をする中で数字に触れ、長期的な視点が身に付いていくはずです。事業課は全体感から理解するというよりは、担当事業をとっかかりとして視点を広げていく方がしっくりくる。財政課はその支援をすることこそが仕事だと思います。
横浜市では、単に推計を公表するだけでなく、庁内向けウェブページにかみ砕いた財政コンテンツを掲載したり、庁内出前講座を開催したりと様々な工夫をしています。このおかげで、財政課を身近に感じていただいたり、コストカッターという印象が緩和できていたりするのではと感じますが、財政状況の理解という面ではまだまだ課題が残っています。