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特集 次世代型路面電車LRT 新線開業の布石

 
北関東最大の都市、栃木県宇都宮市と隣接する芳賀町の間に2023年8月26日、次世代型路面電車「芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)」が開業した。営業距離は約14.6km、JR宇都宮駅から本田技研工業などの企業がひしめく芳賀・高根沢工業団地を結ぶ。
実質20年間にわたる巨大プロジェクトの総工費は約684億円。事業は公設型上下分離方式という方式を使い、営業主体(上)を第三セクターの宇都宮ライトレール株式会社が、整備主体(下)を宇都宮市と芳賀町が受け持つ。
 

巨大工業団地をめぐる交通インフラ

全国的に公共交通衰退の話題が尽きない中、戦後75年ぶりの新線誕生だ。
沿線には、約1万3500人が勤務する清原工業団地(宇都宮市)、約2万7000人が勤務する芳賀・高根沢工業団地(芳賀町)があり、大手自動車メーカーと関連企業等を中心として100社以上が集積する。
LRT構想が始まったきっかけは「宇都宮市と芳賀町にまたがる工業団地周辺の交通渋滞」と佐藤栄一宇都宮市長は言う。 「企業側からも、この渋滞問題が続くとなると、この団地に居続けられないということを言われていました。また、宇都宮市の税収の2割近くが、これらの工業団地に入居する企業からのものとなりますので、解決しないわけにはいかなかったのです」(佐藤市長)
一方の芳賀町では、人口1万5600人(2020年7月)に対し、工業団地に勤務するのはその約1・8倍。芳賀町の税収の6割がこの工業団地によるもので、さらに2021年に新設されたものもある。
宇都宮市でも沿線の発展は著しく、2021年には工業団地に近い新興住宅地の人口が増加(5年で1・5倍)していることを受け、小学校を新設。地価については宅地は約8%、商業地は約5%上昇するなどその成長に拍車がかかっている状態だ。
「ライトライン開業にともなう建設、関連する消費が生まれているという観点でみれば、すでに900億円の経済波及効果(直接・第一次・第二次含む)が生まれているというデータもあります。芳賀・高根沢工業団地は芳賀町に属しているとはいえ、通勤している社員の多くが宇都宮市に在住していますので、仮にこの渋滞問題が原因で企業が撤退するとなれば地域全体にとって大きな損失となってしまいます」(佐藤市長)
 
【図1 芳賀・宇都宮ライトレール線】50人乗り観光バス3台分を超える定員を輸送可能。これに加え、路線バスが200本増便、シェアサイクルや自動車との乗り換え拠点を増やすなど沿線の利便性向上施策が幅広く展開されている
【図1 芳賀・宇都宮ライトレール線】50人乗り観光バス3台分を超える定員を輸送可能。これに加え、路線バスが200本増便、シェアサイクルや自動車との乗り換え拠点を増やすなど沿線の利便性向上施策が幅広く展開されている

地方の公共交通を救う上下分離式

「ライトラインは、公設型上下分離方式という方式を使い、「下」の部分、つまり敷設や橋などの建設、車両の購入を国・栃木県の支援を受け宇都宮市と芳賀町で支払い、それ以外の「上」の部分は民間の会社が運営に専念する形で構成されています。これは法律の施行の影響を大きく受けています。以前は、建設から運営まで、一つの会社がすべてを担う必要があった。運賃収入や広告収入などを見越して、借り入れを行い返済していったのですが、それを一社で背負うのには無理がある。そんな中、2007年10月に「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が施行され、運営会社は軌道と車両を借りて運営をするだけで済むことになったのです。この法律がなければ、コストの低いLRT(編集部注:地下鉄の約10分の1)であっても、自治体で達成するのは難しかったでしょう」(佐藤市長)
 

至れリ尽くせりの“居抜き”経営

ライトラインの事業費は総額684億円。国の補助として軌道関係では約289億円の補助(社会資本整備総合交付金、都市構造再編集中支援事業費補助金)、車両関係では30億円の補助(二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金)、6・5億円の交付金(社会資本整備総合交付金)を受け、残りの358億円を運行距離等に応じて宇都宮市が313億円、芳賀町が45億円と分割して負担する。実際は交付税措置や栃木県からの補助があり、宇都宮市が約282億円、芳賀町が約41億円の負担となる。この282億円を国から借り入れて、20年間で20回分割払いをしていく形になっている。
「運行は“居抜き”型で、かつ、交付金・補助金がつくのです。全部ではありませんが、ここまでくると至れり尽くせりの事業。国が、地方の公共交通を守り、発展させ、少子化の時代を乗り切ることに本気になっているわけです。こういった仕組みがあって初めて、私たちもライトラインを実現することができたと言えます」(佐藤市長)
 
                【図2 事業費と財源】
                【図2 事業費と財源】
 

ピーク年は13億円

ライトラインの返済額は、最初は利息だけが発生して2億円程度の支払いとなり、徐々に元金が含まれるようになり、ちょうど返済期間の中間地点となる10年目頃には一番大きな額となる約13億円程度となり、その後、また減っていく。
「市債は、将来にわたり活用できる資産となる軌道や軌道施設の整備費,車両の購入費などに活用しています。なお、維持管理費は、料金収入を充てることになります」(宇都宮市財政課長 小林謙一氏)
開業当初の車両及び線路使用料について、市は「平成28年1月に策定した「軌道運送高度化実施計画」に基づき年度末に算出することとしている」という。
「また、市債の返済方法ですが、ライトラインの整備においては、長期かつ低金利での借入が可能な国の財政融資資金を優先的に活用したところであり、その借入条件下で最も長期となる返済期間20年を選択しました」(小林課長)
 

長期にわたり財政的な健全性を担保

長期にわたる市債返済を計画した宇都宮市。短期間でこれだけのスリム化を果たす背景にはどんな課題や苦労があったのだろうか。
「宇都宮市が2007年末に上河内町・河内町と合併した際、宇都宮市の市債の残高は約1500億円でした。市長も就任間もない頃だったのですが、その頃から財政的な部分の健全性を確保するよう指示を受けており、持続可能な財政基盤を確立すべく様々な取り組みを行っていました。 合併後、市債については、交付税措置があるものに絞った活用を原則としてきたほか、繰上償還や低利率への借換えを積極的に行い、利払の抑制に努めました。また、基金残高・各種財政指標などについても目標を設定し、様々な行財政改革に取り組んできたのです。体的には、事務の効率化などによる人件費の削減、スクラップ・アンド・ビルドの促進に向けた全庁的な事務事業の見直しなどに取り組むとともに、新規事業の実施にあたっては「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」という視点で事業の優先化・重点化を図ってきました。その結果、ライトライン事業が本格化する直前の平成末期の本市の財政状況は、市債残高が約1100億円(合併時から約400億円減)、公債費負担比率が12%(同2ポイント減)、公債費が150億円(同30億円減)など、中核市トップクラスの財政力を有する水準にあり、その整備にあたっては国県の補助金や市債などの特定財源が十分に活用できる見通しであったことから財政運営上の大きな課題はなく、いつ事業に着手しても対応できる状況でした」(小林課長)
 
前例のない事業、不測の事態への対応の苦しみ
「ライトライン事業への着手のタイミングについては、整備スケジュールや年度ごとの事業費が明らかになった後、財政計画に反映し、安定的な財政運営が可能か確認するという順番で進めました。しかしながら、本市財政は歳入における市税の割合が高く、景気変動の影響を強く受けるという特徴がありました。2008年に起きたリーマンショックの影響で市税収入は100億円減少。さらに2011年には東日本大震災が発生し、市税収入が回復しないまま多額の災害復旧事業が必要になりました。財政力強化の成果が出てきたなと思うと、景気の低迷や災害、新型コロナの流行などの外的要因で想定外の財政出動を余儀なくされ後退してしまうということが繰り返される。 また、ライトライン自体が全国でも例のない事業でしたので、事業費や財源の見込みが難しかったこと、工期や工事内容の変更に応じた予算措置に追われ、全庁的に行財政改革に協力いただきつつも、なかなか目に見える成果を示せないもどかしさがありました。ライトラインが開業した今、宇都宮市の市債残高は1500億円程度になっています。最も多かった2007年と同規模ではありますが、当時の市の財政規模1600億円に対し、現在は2200億円に拡大していますので、その負担は少ない状況になっています。また、本市の一般財源は1200億円ありますので、ライトライン事業費への返済が本格化しても財務的には問題ないと言って良いと思っています」(小林課長)(了)
 
宇都宮市財政課長 小林謙一氏。LRT構想がスタートした20年ほど前から将来負担を見越した財務体質改善に取り組む。
宇都宮市財政課長 小林謙一氏。LRT構想がスタートした20年ほど前から将来負担を見越した財務体質改善に取り組む。