🟩

特集 地方債

 

「起債は借金じゃない!」

 そう豪語し、借りまくっていた先輩がいた(笑)。MMT(現代貨幣理論)などなかった時代の話である。投資的経費に限定して発行が認められる「公債の原則」、建設地方債主義(地方財政法第5条)や「世代間負担の公平性の確保」という起債の一番の機能を伝えたかったのだろう。  「国債や地方債は税と違って国民や市民の負担感がない。これらを資金調達の手段として安易に用いれば、財政支出は膨張し、インフレになるので慎重に使わなくてはならない」と、私たちは学び、これを財政運営の基本としてきた(非募債主義)。  しかし、国が赤字債を乱発し、自治体も赤字債である臨時財政対策債を大量に発行するに至り、それも昔の話になってしまった。  今や、公債発行の一番の目的は教科書にない「財政赤字の補てん」である。  現在、国と地方を合わせた2022年度末の長期債務残高は1244兆円(財務省)。どんな理屈をこねまわしても「借金は借金」。借りた金に、良いも悪いもない。借りた金は返さなければならないからである。
 

MMTとは何か?

 こうした財政運営の基本に対して「自国通貨を発行できる政府・中央銀行は、自国通貨建てで国債を発行している限り、財政赤字を拡大してもデフォルト(債務不履行)することはない」というMMTがある。  物事に異論を唱えるのは、深い議論をするために必要な行為だ。数多くの改革や改善が現状の否定から生まれていたのも事実である。  そういった視点でMMTを見直してみると、MMTは財政赤字を無制限に増やしてもいいと言っているわけではない。MMTは財政運営に柔軟性と有効性を求め、必要な場合には財政赤字を拡大することもあり得ると言っているに過ぎない。   にもかかわらず「赤字を増やしても良い」という点だけが切り取られ、一人歩きしている。  また、赤字債の発行についても、過度なインフレにならないという条件下で行われるべきで、MMTは財政支出の抑制や金融政策を通じて、インフレを抑制する点についても言及しているが、これらがすっかり忘れ去られている。
 

コロナ禍における予算編成

 コロナ対策として必要になった年間26兆円超の予算は、赤字国債の発行によって賄われ、財政赤字は拡大した。コロナのお陰で、財政赤字を拡大しても「やるべきことはやる」ということを体現できたわけだ。これは、大規模な震災による復旧や復興でも同じだし、従来の財政理論でもMMTでも変わらない。  私たちは、財政赤字を増やすためではなく、国民や住民を守るために仕事をしているのだ。  さて、難しい財政理論は経済学者にお任せすることにして、コロナは財政的な教訓を少なくとも2つ与えてくれた。  コロナによって児童生徒のオンライン教育の必要性が浮き彫りになり、ギガスクール構想を後押しすることになった。コロナ前「児童生徒にタブレットを配ったら頭が良くなるのか?エビデンスを示せ!」という財政課の問いに答えたのは、他でもない、コロナだった。私たちは、PDCAサイクルを回せない、経験やエビデンスのない事業にどう向き合い、優先順位を付ければいいのか、知ることができた。  コロナで、保健衛生、福祉部門などは多忙を極めた。総動員体制で対応を余儀なくされ、全庁で人手不足が生じた。各部局では、事業毎に感染拡大防止対策を講じなければならず、ますます仕事は煩雑になった。しかし、職員定数を増やしたという自治体はほとんどなかった。コロナは私たちに仕事の取捨選択、事業改革・改善のきっかけをつくり、それを実現させたのだ。「仕事量は、与えられた時間を全て満たすまで膨張する」のが、パーキンソンの第一法則だが「仕事量は、与えられた時間まで収縮する」とも言えそうだ。
 

デッドライン

 前号の特集「決算」で、実質収支の赤字黒字にデッドラインがあったように、地方債には、自治体の借金を返済する余力を示す実質公債費比率という指標がある。実質公債費比率とは、自治体の一般会計等が負担する元利償還金等の額を、その自治体の標準財政規模を基本とした額で除した率。分かりやすく言えば、収入に占める借金の返済額の割合である。  身近な例では、住宅ローンを組むときの返済比率(返済負担率)に似ている。その計算式は「返済比率(返済負担率)(%)=年間返済額÷年収×100」で、概ね30~35%が妥当な水準と言われ、年収によって借金の最高上限額が決まる。  同様に、自治体にも借金の限度額がある。まず、財政健全化法による実質公債費比率が16%(届出制)、18%(許可制)、25%(早期健全化基準)、35%(財政再生基準)と高くなるほど厳しい制限がかかる。もうひとつ、財政健全化法施行以前から使われている指標が公債費負担比率である。両者にはもちろん違いがあるが、詳細は省くことにして、15%が警戒ライン、20%が危険ラインとされてきた。  このように、政府は赤字国債を増発してもデフォルトは起こらないかもしれないが、自治体は借金を増やすにも限度があるのだ。
 

リスク・ウェイト・ゼロ

 自治体の借金に多くの制限があるのは、地方債の信用維持(確実に償還されること)のためであり、この信用があるからこそ、市場や金融機関から有利な条件で資金調達できる。  地方債の元利金は、次のような仕組みのもと確実に償還されることになっている。 ■ 地方財政計画の歳出に公債費が計上され、歳入の不足については地方交付税が措置されるため、償還財源は確実に確保されている ■ 個々の自治体の地方交付税の算定において、基準財政需要額に地方債の元利償還金の一部が算入されている ■ 公債費負担等が一定限度を超えた自治体などには起債を制限する、許可制度など早期是正制度が設けられている ■ 財政健全化法によって、財政状況が悪化した自治体に対する財政健全化制度が定められている  このように、地方債に対する国の信用補完は強固なものであり、いわゆる暗黙の政府保証が働き、安定した資金調達が可能となっているのだ。  なお、日本の国債や地方債は、バーゼル規制による0%のリスク・ウェイトが適用されている。これは、自国通貨建て国債に適用されるものであり、日本の地方債も例外ではない。
 

地方債の活用

 地方債には「一般財源の補完」という重要な機能がある。地方債を発行すれば、その分だけ、一般財源を温存することができ、使途の定めのない一般財源を他の経費に充てることで、機動性や弾力性を持った財政運営を行うことができる。  そこで、私たちは国庫補助金、都道府県補助金、特別交付税、そして、地方債の発行が可能な適債事業を血眼になって探すのだ。  地方債を充当できる経費は地方財政法第5条に限定列挙されており、それ以外の経費について地方債を発行するには、「建設公債主義」の原則により、法的な根拠が求められる。例えば、退職手当債や臨時財政対策債は、地方財政法に規定があり、過疎対策事業債や合併特例債はそれぞれ特別法に定めがある。私たちはこれを知っておく必要がある。財政部門ではなく、直接、現場を所管する部署に情報が入っていることもあるので、地方債の意義をよく知っていただき、情報交換を密にしておくことが重要だ。そのために、事業計画の段階から財源についての議論を行うこと、定期的な会議や情報共有システムを導入することなどが考えられる。  そのうえで、選択できるなら、できるだけ充当率が高く、元利償還金が地方交付税で措置される有利な起債を選ぶ。適債事業であっても、地方債を充当できる経費とできない経費がある。現場の部署でないと判別できない経費もあるので、事前に地方債の意義をよく知っていただき、情報交換を密にしておく必要があるのは前述の通りだ。  例えば、公共施設の建て替えにつき、老朽化対策や防災対策事業に該当すれば、起債の充当率は最大90%、うち30~50%(財政力指数による)が交付税措置される。ただし「公共施設総合管理計画に基づく事業で個別施設計画もしくはそれと類似の計画があること」というような条件があったり、期限のあるものがあったりするので注意が必要だ。  「起債許可団体」になったA県では、公債費の増加要因として、2002年度・2010年度に行われた公債費に対する地方交付税措置の見直しの影響や、一般財源を確保するため交付税措置のない資金手当債(行政改革推進債と退職手当債)を最大限発行してきたことを挙げている。
 

なぜ、起債を起こすのか

 ある自治体で、監査委員から次のような指摘があった。  「基金残高が十分あるにもかかわらず、これを使わず、あえて起債を起こすのはどうしてか。償還する際に基金の運用利子より高い利子を払うことは、最小の経費で最大の効果を上げるという地方財政法の趣旨に反するのではないか」  家計でいえば、住宅ローンを抱えながら貯金もしている状態だ。しかし、ローンの金利の方が高いという理由だけで、ローンの繰り上げ返済を選ぶだろうか?ローンの返済より優先すべきもの、例えば、いざというときの備え、教育費や老後資金の積立てなどもあるだろう。実際には、住宅ローン控除による節税効果がなくなる、ローン契約と同時に加入した団体信用生命保険の恩典が受けられなくなるなどのデメリットも考慮したうえで、繰上げ返済をする・しないの選択をしているのだ。  地方債も同じだ。地方債を活用することで財政の健全性が損なわれないようにすることは当然だが、こうしたことを理解していただく努力を惜しんではならないだろう。  冒頭の「起債は借金ではない!」の先輩諸氏に感謝。(了)(財ラボ編集部)